イタリアを統一イメージで観光促進

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Siti UNESCO

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ナポリ歴史地区

登録年:1995

所在地:ナポリ市内(カンパニア州) ローマの南219km。

紀元前470年にギリシャ植民地として誕生してから今日まで、ナポリは次々にこの地を支配したヨーロッパ・地中海地域の様々な文化を吸収してきました。その素晴らしい歴史の跡は古代ローマ時代、中世、そして18世紀と続き、ヌオーヴォ城やサンタ・キアラ教会、王宮、プレビシート広場などナポリの中心部に多く残っています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/726

参考サイト(ナポリ市観光局) : www.inaples.it

 

 

ポンペイ、エルコラーノ、トッレ・アヌンツィアータの遺跡地域

登録年:1997

所在地:ポンペイ(ナポリの南東29km)、エルコラーノ(ナポリの南東11km)、トッレ・アヌンツィアータ(ナポリの南東27km)(カンパニア州)

79年8月24日に噴火したヴェズヴィオ山は、豊かなローマ都市ポンペイやエルコラーノ、その他山麓の町々を灰と溶岩の下に埋没させました。18世紀になって発掘が進められ、裕福な商業都市ポンペイの広大な遺跡や、小規模ながら保存状態も良いリゾート地エルコラーノ遺跡、そしてトッレ・アンヌンツィアータのオプロンティス荘遺跡の見事な壁画などから、ローマ時代の人々の贅沢で充実した市民生活の様子がはっきりとみてとれます。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/829

 

 

アマルフィ海岸

 登録年:1997

所在地:アマルフィ(ナポリの南東70km)の町を含む海岸一帯 (カンパニア州)

海沿いに断崖絶壁が続くこの一帯は海岸線が変化に富み素晴らしい美しさをみせます。中世初期から人々が定住を始め、中世の海洋共和国として栄えたアマルフィやラヴェッロなどの街では秀逸な建築物や芸術作品も創出しました。 険しい岩壁の続く地形を、人々はブドウやレモンの段々畑、果樹園、放牧地など様々に活用し、紺碧の海とあいまって、地中海的でドラマチックな独自の美しい自然景観がここに展開しています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/830

 

 

 

カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョ邸宅群

登録年:1997

所在地:カゼルタ (カンパニア州)  ナポリの北27km。

18世紀当時のナポリ王カルロ3世がベルサイユを凌ぐ宮殿をめざしてカゼルタに建設した王宮は、劇場、礼拝堂、博物館、1200もの部屋がある巨大で壮麗な建物。また120ヘクタールの庭園は、中央をまっすぐに走る3kmの道、滝、彫刻噴水群を配し、周囲の森林とあいまって華麗で洗練された芸術作品のようです。建築家ヴァンヴィテッリは庭園の水を供給するため、古代ローマ風の美しい水道橋も建設しました。また高級絹生産の地サン・レウチョには王の離宮が建設されました。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/549

 

 

パエストゥムとヴェリア古代遺跡群を含むチレント、ディアノ渓谷国立公園とパドゥーラのカルトジオ修道院

登録年:1998

所在地:パエストゥム (カンパニア州) ナポリの南100km。国立公園はパエストゥムを囲むように位置しています。パドゥーラ(カンパニア州)サレルノの南東105km。

チレント・ディアノ渓谷国立公園とその周囲一帯は、先史時代から中世にかけて通商・政治・文化面で歴史的な変遷を経てきた地域です。古代ギリシャ殖民地とイタリア原住民族の境界地でもあり、紀元前5世紀頃栄えたパエストゥムやべリアには古代ギリシャの神殿や遺跡が残っています。緑の渓谷に広がるパドゥーラには14世紀に創立された南イタリア最大の規模を誇るサン・ロレンツォ・カルトゥジオ修道院があります。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/842

 

 

イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)

登録年:2011

所在地:イタリア各地7カ所 、うちイタリア南部は以下の2か所

ベネヴェントの『サンタ・ソフィア教会』

所在地: ベネヴェント  ナポリ北東71km。

サンタ・ソフィア教会はロンゴバルド建築の中でも最も多面的な構造を持ち、保存状態の良い建物のひとつで、中世初期ベネヴェント絵画と呼ばれるフレスコ画断片が内部を飾っています。また、隣の現在サムニウム博物館となっている部分との間には美しい回廊があります。

モンテ・サンタンジェロの『サン・ミケーレ聖所記念堂』

所在地:モンテ・サンタンジェロ フォッジアの北東59km、バーリの北西135km

サン・ミケーレ聖所記念堂は、ロンゴバルド族統治の7世紀から、大天使ミカエル崇拝の重要拠点となり、その後も西洋諸国での大天使ミカエル信仰に深く影響を及ぼし、ヨーロッパ各地に建設された有名なモン・サン・ミッシェルを初めとする何百もの聖ミカエル聖堂のモデルともなりました。

ユネスコサイト:  http://whc.unesco.org/en/list/1318

 

 

アルベロベッロのトゥルッリ

登録年:1996

所在地:アルベロベッロ (プーリア州) バーリの南東55km。ターラントの北45km

トゥルッリとは白い漆喰塗りの壁に円錐形のとんがり屋根が特徴的な、この地方のみでみられる一風変わった建物。モルタルなど接合剤を使わない先史時代から伝わる建築方法で造られた建物が現在も生活に使用されています。 アルベロベッロの旧市街にはトゥルッリの家々が密集し、坂道が迷路のように続いており、おとぎの国のような雰囲気に満ちています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/787

参考サイト(プーリア州観光局):www.viaggiareinpuglia.it

 

 

 

カステル・デル・モンテ(デルモンテ城)

登録年:1966

所在地:アンドリア市郊外 (プーリア州) バーリの西55km。

当時南イタリアも統治していた神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世がバーリ近くの高台に13世紀に建てた城。均衡のとれた八角形構造で八角形の塔と庭があり、中世の軍事建築として大変独創的で壮観です。またイスラムと北方ヨーロッパゴシック的な建築様式が見事に調和をみせています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/398

 

 

マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園

登録年:1993

所在地:マテーラ(バジリカータ州)ナポリの南東255km。 バーリの南67km。

地中海地域にみられる、谷の岩場の斜面を掘った洞窟住居サッシ群が広範囲にわたり完全な形で現存している貴重な遺跡。マテーラの洞窟に人々が住むようになったのは旧石器時代に遡るともいわれていますが、その後時代とともに家としての形が整えられ、通路や教会も築かれて人々が生活を営む町が形成されていきました。小さな洞窟住居が谷の斜面の崖にへばりつくように上下左右に並んでいる様は圧巻です。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/670

 

 

アグリジェントの遺跡地域

登録年:1997

所在地:アグリジェント (シチリア州)  パレルモの南128km

紀元前6世紀からギリシャ植民地としてアグリジェントは古代地中海世界の重要都市のひとつでした。威厳あるドーリア式神殿がいくつも街に建てられ、アグリジェントの覇権を誇示していました。それらの20近くの神殿遺跡群が、アーモンドの木や果樹の広がる丘に、今も「神殿の谷」とよばれ残っています。保存状態のよいコンコルディア神殿をはじめとする古代ギリシャ神殿群の他、この一帯からはヘレニズム、ローマ時代の都市遺跡や前キリスト教時代の埋葬跡等も出土されました。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/831

 

 

 

ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ(カサーレ荘)

登録年:1997

所在地:ピアッツァ・アルメリーナ(シチリア州) カターニアの南西約90km。

ローマ帝政時代の3-4世紀に、大土地所有貴族が田園に建てた豪奢な別荘跡。大変贅をつくした建物で、特にほぼ全室の床を埋め尽くすモザイク画の質の高さと規模は古代ローマ時代最大ともいわれます。モザイクにはアフリカの影響を受けた動物やビキニの女性など斬新な図像も描かれ芸術的価値も高い。当時この地まで経済力を及ぼした古代ローマ文明の跡もうかがい知れる貴重な遺跡です。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/832

 

 

シラクーサとパンタリカ岸壁墓地遺跡

登録年:2005

所在地:シラクーサとその近郊(シチリア州)カターニアの南59km。

パンタリカ古墳はシラクーサから西に50km。

紀元前8世紀にギリシャ人植民地が建設されたシラクーサは、当時キケロが「最も偉大で美しいギリシャ都市」と賞賛したように繁栄をみせました。今もこの街にはアテネ神殿(後に教会に改修)、ギリシャ劇場、ローマ劇場など当時の建物の他、その後次々とシチリア島を支配した文明と歴史の跡が数多く残っています。

パンタリカは原始時代のシチリアの重要地のひとつでした。ネクロポリとよばれる古墳には、岩肌に洞窟のように掘られた500以上の墓があり、そのほとんどは紀元前13~7世紀のもの。また周辺にはビザンティン時代のものとみられる遺跡が、アナクトロンとよばれる王宮跡地のそばに残っています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/1200

 

 

ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々(シチリア島南東部)

登録年:2002

所在地:ノート、ラグーサ、カターニア、カルタジローネ、ミリテッロ・イン・ヴァル・ディ・カターニア、モディカ、パラッツォ・アクレイデ、シクリの8つの町(シチリア州)

シチリア島南東部にある、ヴァル・ディ・ノートとよばれるエリア周辺の8つの町々は、1693年にエトナ山周辺地域をおそった大地震による町の全壊から、都市計画による驚異的再建を実現し、見事な後期バロック様式の建築・芸術を町に花咲かせました。今もそれぞれの街には美しい装飾を施したバロック様式の建物が多く残り、美しい景観を見せています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/1024

 

 

エオリエ諸島

登録年:2000

所在地:リパリ島、ストロンボリ島、サリーナ島、ヴルカーノ島、パナレア島、アリクーディ島、フィリクーディ島 (シチリア州) シチリア本島の北方沖約30km。

エオリエ諸島は7つの火山島からなる。ヴルカーノ島とストロンボリ島の噴火活動は18世紀から研究調査が行われており、200年間にわたり地質学研究にも大きく貢献しています。噴火による溶岩石、温泉、火口など火山活動による自然現象や造形美、海や海岸線の美しさも魅力です。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/908

 

 

 

『エトナ山』(伊:Monte Etna)

登録年:2013

所在地:カターニア近郊

自然遺産の『エトナ山』は、シチリア州東部にある一見富士山のような形をした標高3323mの活火山。カターニア、タオルミーナなどの観光地からも煙をあげる山の姿などを見ることが出来ます。

火山とその斜面は1987年からエトナ公園となっており、溶岩の荒野など険しい表情をみせていますが、カターニアなどからでている、旅行各社のエトナツアーや、バス、ロープーウェイを乗り継いで、立ち入りが許可されている標高2920mの噴火口区域まで行くこともできます。その先は地元ガイド同行のみ。私鉄チルクメトネア鉄道(FCE)はエトナ山麓114kmを一周する路線で、山の眺めを楽しめます。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/1427

 

 

 

スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ

I登録年:1997

所在地:バルーミニ(サルデーニャ州)  カリアリの北61km。

サルデーニャ島では紀元前2000年前から青銅器時代の頃にヌラーゲとよばれる巨石を円筒・円錐状に積み上げたこの島独特の要塞構造の建物が、先住民族により造られていました。バルーミニ村にあるスー・ヌラージ遺跡は紀元前15世紀前後から建てられたヌラーゲの巨大な城塞、塔、集落、防壁などの大集合体で、先史時代の建築例として大変重要です。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/833

 

 

 

アラブ・ノルマン様式のパレルモと、チェファル、モンレアーレの大聖堂

所在地:シチリア州パレルモ、チェファル、モンレアーレ

登録年:2015

アラブ・ノルマン時代の栄華の跡が今も残るパレルモは、シチリア北部に位置し、ノルマン王国のシチリア統治時代(1130年~1194年)に遡る、教会や建造物9か所が世界遺産に登録されました。

パレルモ市内では2つの宮殿、3つの教会、大聖堂、橋。そしてパレルモ県内のチェファルの大聖堂、モンレアーレにある大聖堂の9か所です。

そのどれもがシチリアにおいて、西洋とイスラム・ビザンチン文化圏の異なる社会・文化要素が重なり合い見事に融合した見本であり、全く新しい空間、構造、装飾様式が誕生し発達したのです。

また9つの建造物は、その当時、異なる宗教をもつ異民族(イスラム、ビザンチン、ラテン、ユダヤ、ロンゴバルド、フランス)が共存を果たし繁栄したことをも証明しています。 

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/1487

 

 

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フィレンツェ歴史地区

登録年:1982

所在地:フィレンツェ市内(トスカーナ州)

ルネッサンスのシンボルともいえるフィレンツェの街は、メディチ家統治の下、15-16世紀に経済・文化的繁栄を謳歌していました。13世紀のサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂やサンタ・クローチェ教会、ウッフィッツィ美術館、ピッティ宮殿、またジオット、ブルネッレスキ、ボッティチェッリ、ミケランジェロといった大芸術家達の貴重な名作の数々は600年の時を経て今なおこの街に残されています。芸術振興・保護活動の精神は今も生きており、街全体がひとつの大きな美術館のような美しさをたたえ人々を魅了します。

ユネスコサイト :  http://whc.unesco.org/en/list/174

 

 

 

ピサのドゥオモ広場

登録年:1987

所在地:ピサ市 (トスカーナ州) フィレンツェの西77km。

緑あふれるドゥオモ広場には、大聖堂(ドゥオモ)、洗礼堂、「ピサの斜塔」として世界的に有名な鐘楼、そして墓地の4つの中世の建物が見事に調和して建っています。その建築美は11世紀から14世紀にかけてイタリアの建築芸術に大きな影響を及ぼしたといわれています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/395

 

 

 

シエナ歴史地区

登録年:1995

所在地:シエナ(トスカーナ州) フィレンツェの南68km

中世そのものの町並みが残るシエナ。当時はフィレンツェと覇を競い、都市計画にも力をいれていました。街は12世紀から15世紀にかけて整ったゴシック風外観を保っており、同時期にシエナで活躍したドゥッチョ、ロレンツェッティ兄弟、シモーネ・マルティーニ等の芸術家の作品はイタリアやヨーロッパ各国にも影響を及ぼしました。 世界一美しいといわれる扇の形をしたカンポ広場はそれ自体が芸術作品ともいわれる程で、この広場を中心とする街並みは周囲の自然とも美しい調和をみせています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/717

 

 

サン・ジミニャーノ歴史地区

登録年:1990

所在地:サン・ジミニャーノ(トスカーナ州) フィレンツェの南57km

美しい塔の街サン・ジミニャーノはフランチジェナ街道を通ってローマ巡礼をする旅人にとって重要な中継地でした。この街の中世封建時代の支配階級の家々は、自らの富と力の象徴として72におよぶ塔を住居として建てました。中には50mを越す高い塔もありましたが、現在そのうちの14の塔が残り、中世情緒あふれる雰囲気と面影を今も強くかもし出しています。また芸術的にも14~15世紀ルネッサンス期の名画が数多く鑑賞できます。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/550

 

 

ピエンツァ市街の歴史地区

登録年:1996

所在地:ピエンツァ(トスカーナ州) シエナの南東52km。

時のローマ法王ピウス2世が1459年に生まれ故郷を「理想の街」とするべく、街の改造を建築家ベルナルド・ロッセリーノに命じました。ピオ2世の名が残る華麗な広場は、ルネッサンス的外観の教会や宮殿で囲まれ、建物内部は南ドイツ風ゴシック様式をとりいれました。ルネッサンス期の人間的な都市設計思想や透視図法を最初に採用した街造りがこの実現された例として貴重です。街は丘の上にあり、周囲のヴァル・ドルチャの眺めもすばらしい。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/789

 

 

 

ヴァル・ドルチャ(オルチャ渓谷)

登録年:2004

所在地:オルチャ渓谷一帯(トスカーナ州) モンタルチーノはシエナの南約41km

シエナの南東部に広がるこの一帯は14~15世紀にはシエナの領土となり、絵のような美しい景観づくりが大切にされました。 なだらかな丘に並ぶ糸杉といった風景はルネッサンスの時代も今も数多くの芸術家達に愛され、創作意欲をおおいに刺激しています。のどかな美しい牧歌的自然が農家や集落、街道や沿道の修道院や宿などとも融合し保護された景観は見事です。ピエンツァ、モンタルチーノ、カスティリオーネ・ドルチャなど5つの町とその全域は「ヴァル・ドルチャ美術・自然・文化公園になっています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/1026

 

 

 

『メディチ家の館と庭園』

登録年:2013

所在地:トスカーナ州内14カ所

この登録は、トスカーナ州の田園一帯に点在する12の館(ヴィッラ)と2箇所の庭園から編成されており、それらはメディチ家が芸術保護を通じてヨーロッパの近代文化にもたらした影響を証明しています。15~17世紀に建造された館と庭園は、自然と調和し、余暇、芸術、学問にも寄与した画期的な田園建築システムを表しています。これらの館はフォルムも機能も革新的で、新しいタイプの王侯貴族の邸宅の出現ともいえ、当時のフィレンツェ富裕層所有の農園とも、それまでの軍事力を誇示する城館とも違うものでした。メディチ家の館は、邸宅、庭園、自然環境が一体化した最初の好例で、そしてそれらはイタリアやヨーロッパ中で、王侯貴族邸宅の不朽の参考モデルとなりました。その庭園と周辺の自然環境との融合は、人文主義とルネッサンス期の特徴でもある景観への評価拡大に役立ちました。 ユネスコサイト(英語): http://whc.unesco.org/en/list/1427

▲文化遺産の『メディチ家の館と庭園』は、トスカーナ州フィレンツェと田園地帯に点在するメディチ家ゆかりの12の館(ヴィッラ)と2つの庭園の14カ所が登録されました。 フィレンツェ市内にはピッティ宮殿のボーボリ庭園や、フィエーゾレにメディチ家のヴィッラがありますが、その他はフィレンツェ県、ルッカ県、ピストイア県の都市部ではなく郊外の田舎に散在しています。

 

 

 

ウルビーノ歴史地区

登録年:1998

所在地:ウルビーノ (マルケ州) ペーザロの南西36km

ウルビーノは15世紀に芸術文化の中心地としてその名を馳せ、イタリアやヨーロッパ各地から学者や芸術家達が集まりました。16世紀以降文化・経済は衰退しましたが、丘上のこの小さな街は今もルネッサンス的美しい面影を残しています。当時の繁栄を物語るドゥカーレ宮殿は現在マルケ国立博物館として、この地に生まれた巨匠ラファエロの絵画をはじめ多くの見ごたえのある美術作品を展示しています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/828

 

 

 

アッシジ:聖フランチェスコ聖堂と関連遺跡群

登録年:2000

所在地:アッシジ(ウンブリア州)  ローマの北東177km。ペルージャの南東23km

アッシジは聖フランチェスコゆかりのキリスト教信者の巡礼地。荘厳なる聖フランチェスコ聖堂内部を飾る巨匠ジオット、チマブーエ、マルティーニ、ロレンツェッティらのフレスコ画の数々は中世美術史上でも重要です。古代ローマ時代からの歴史あるこの街は、ウンブリアの美しい自然と、聖人が説いた平和の教え、そして後世の建築・美術の基礎ともなった宗教建築物群とが一体化した精神的、芸術的な美しさを秘めた場所です。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/990

 

 

イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)

登録年:2011

所在地:イタリア各地7カ所 うち中部は以下2か所

クリトゥンノの『クリトゥンノのテンピエット』

所在地: カンペッロ・スル・クリトゥンノ ペルージャの南西53km スポレートの北11km

小さな建物ながら、その古典的な様式と戦利品の品々が建物内に多用されていることで有名です。ルネッサンス期以降も建築的に不朽の名声を何世紀に渡り保っていました。

スポレートの『サン・サルヴァトーレ聖堂

所在地: スポレート ペルージャ南東63km

ロンゴバルド建築の代表例のひとつで、古典的ローマ様式を踏襲し、外部、内部ともに中世の石工達による優れた建築的装飾細工が施されています。

ユネスコサイト :  http://whc.unesco.org/en/list/1318

 

 

ローマ歴史地区・教皇領とサン・パオロ・フォーリ・レ・ムーラ大聖堂

登録年:1980、1990

所在地:ローマ市内

紀元前753年に建国されたと伝えられるローマは共和国を経て巨大な帝国へと発展し、4世紀にはキリスト教世界の中心地ともなりました。世界遺産への登録は1980年に続いて1990年にも登録箇所が加えられました。歴史地区にはコロッセオ、フォロ・ロマーノ、カラカラ浴場、ドムス・アウレア、パンテオン、アウグストゥス帝霊廟他おびただしい数の古代遺跡や記念碑が残っており、「永遠の都」のその圧倒的な栄華繁栄ぶりを今に物語っています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/91

 

 

ヴィッラ・アドリアーナ

登録年:1999

所在地:ティヴォリ(ラツィオ州) ローマの東約30km(ヴィッラ・アドリアーナはさらに南西6km)

ローマ帝国ハドリアヌス帝が2世紀に建てさせた広大な別荘跡。皇帝が訪れた帝国領土内の各所を偲ばせる建物や神殿、大浴場など、エジプト、ギリシャ、ローマ的諸要素をもった建物群が見事に調和して建てられていました。ここにみられる古典建築群のすばらしさは後世の建築やデザインにも大きく影響を及ぼしたといいます。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/907

 

 

ティヴォリのヴィッラ・デステ(エステ家別荘)

所在地: ティヴォリ (ラツィオ州)  ローマの東約30km。

登録年: 2001

このエステ家別荘の館と庭園は、洗練されたルネッサンス文化の美の結晶といえる芸術品です。特に緑豊かな庭園にはふんだんな水と彫刻などの装飾で趣向をこらした噴水が数多く造られ、16世紀のイタリアを代表する華麗な庭園芸術であるだけでなく、その後のヨーロッパ庭園設計にも大きく影響を与えました。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/907

 

 

チェルヴェテリとタルクィニアのエトルリア古墳(ネクロポリ)

登録年:2004

所在地:チェルヴェテリ、タルクィニア(ラツィオ州)チェルヴェテリはローマの北西44km。

タルクィニアはローマの北西96km。

エトルリアは紀元前9世紀と紀元前1世紀の間、中央イタリアに存在し交易で栄え高度な文明を持っていました。葬祭芸術にも優れ「ネクロポリ(死者の街)」とよばれる大規模でモニュメンタルな墳墓の遺跡を残しました。チェルヴェテリの古墳群は道に沿って家のような墳墓が並びあたかも町のようです。タルクィニアに点在する6000の古墳のうち200は内部が鮮やかな壁画で飾られており、大変興味深い。古い壁画は紀元前27世紀にまで遡るものです。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/1158

チェルヴェテリ市サイト : www.comune.cerveteri.rm.it

タルクィニア観光サイト : www.tarquiniaturismo.it

 

 

イタリア領土内(中部)の世界遺産:

 

 

サンマリノ歴史地区とティターノ山 サンマリノ共和国内 (サンマリノ共和国)

登録年:2008

所在地:サンマリノ(サンマリノ共和国) ボローニャの南東135km、 リミニの南西22km。

ヴァティカン市国と並び、イタリア内に位置する独立国家サンマリノ共和国。13世紀に共和国を設立し、自由共和国としての政治体制を中世から今に継続しています。首都サンマリノの歴史地区を含む55ヘクタールの範囲が世界遺産に登録されました。サンマリノ歴史地区には要塞の塔、城壁、門、防御塁、19世紀の新古典様式の聖堂や政庁、14~16世紀の修道院、18世紀のティターノ劇場等があります。今も市民が居住する歴史地区は国の機能が集中する政治中枢でもあり、せり立つティターノ山上に位置することから、産業発展による今日の都市化の影響を受けず中世の街並みが保存されています。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/1245

 

 

ヴァティカン市国 *ヴァティカン市国

登録年:1984

所在地:ヴァティカン市国 (ローマ市内)

ローマ市内の一角にありますが、ヴァティカン市国は1929年より独立国家となっています。いうまでもなくローマ法王庁のあるキリスト教の聖地であり、その小さな領土内には芸術的・建築的最高傑作の数々が集まっています。市国の表広間ともいえるサン・ピエトロ広場をはじめ、サン・ピエトロ大聖堂はルネッサンス期の巨匠ブラマンテ、ラファエロ、ミケランジェロらの芸術作品が結集した世界最大の宗教建築物です。ヴァティカン博物館内ではシスティーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画・天井画をはじめ、歴代の法王による膨大な芸術コレクションを鑑賞できます。

ユネスコサイト : http://whc.unesco.org/en/list/286

 

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イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡(568-774年)

登録年:2011

所在地:イタリア各地7カ所 うち北部は以下3か所  

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/1318 

 

チヴィダーレ・デル・フリウリ『サンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院の祈祷堂』

所在地: チヴィダーレ・デル・フリウリ  ウーディネの東16km、トリエステTriesteの北西
65km ヴェネツィアの北東144km の西45km。

ガスタルダーガ地区にあるサンタ・マリア・イン・ヴァッレ修道院の祈祷堂は、通称「ロンゴバルドのテンピエット」とよばれています。ロンゴバルド王国後期の最も重要な建物のひとつで、女性6体の中世では珍しい写実的立体的漆喰彫刻やフレスコ画、大理石の厚板、円柱、モザイク等見事な8世紀の内部装飾を見ることができます。また当時のカリスト司教が整備増築した教会や聖堂群や、ロンゴバルド族の墓にあった副葬品も登録されました。

 

ブレシャの『サン・サルヴァトーレ=サンタ・ジュリア修道院』

所在地: ブレシャ  ミラノの東93km ヴェローナの東66km

ロンゴバルド王国のデジデリオ王が即位前の753年に創建したサン・サルヴァトーレ修道院は、後世の大規模な増改築により、教会や回廊とともに合体して現在はブレシャ市立博物館となっています。修道院はもともと古代ローマ時代の邸宅跡に建てられ、現在も修道院周辺には北イタリアを代表する多くの古代ローマ時代の遺跡が残されています。

 

カステルセプリオ-トルバの『カストラム』

所在地:カステルセプリオ/トルバ(ロンバルディア州)ヴェレーゼの南14km

古代ローマ時代からのカルテルセプリオとトルバの両町に広がるカストラムという要塞地区をロンゴバルド族は再利用し、その建物跡が今も残っています。トルバの塔は後期ロンゴバルド期に修道院となり、有名な『サンタ・マリア・フォリス・ポルタス教会』は町壁の外に7-8世紀に建てられ、その壁は貴重なフレスコ画で飾られています。

 

 

 

アルプス山脈周辺の先史時代の杭上家屋群

 登録年:2011

所在地:パル・ディ・リヴェンツァ(フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州)、ラヴァニョーネ(ロンバルディア州)、サン・シヴィーノ・ガッビアーノ (ロンバルディア州)、ルガーナ・ヴェッキア (ヴェネト州)、ルコーネ(ロンバルディア州)、ラガッツィ・デル・ヴォ(ロンバルディア州)、バンデ-コルテ・カルパーニ (ロンバルディア州)、カステッラーロ・ラグセッロ(ロンバルディア州)、イゾリーノ・ヴィルジニア-カミッラ-イゾラ・サン・ビアジョ(ロンバルディア州)、ボディオ・チェントラーレ・オ・デッレ・モネーテ (ロンバルディア州)、 イル・サッビオーネ・オ・セッテントリオナーレ (ロンバルディア州)、セスト・ウノ・エミッサーリオ(ピエモンテ州)、 メルクラーゴ (ピエモンテ州)、モリーナ・ディ・レードロ (トレンティーノ・アルト・アディジェ州)、 フィアヴェ・ラーゴ・カレーラ (トレンティーノ・アルト・アディジェ州)、 ベルヴェデーレ (ヴェネト州)、フラッシーノ (ヴェネト州)、トンボラ (ヴェネト州)、 ラゲット・デッラ・コスタ (ヴェネト州)

ユネスコサイト:  http://whc.unesco.org/en/list/1363 

イタリア他スイス、ドイツ、オーストリア、フランス、スロヴェニアにまたがる共同登録で、登録された全111か所のうち、イタリアの遺跡数は北部に点在する19か所。 紀元前5000~500年にかけてアルプス山脈周辺の湖畔・川辺に造られていた杭上住居跡の遺跡は古代の農耕生活や文化を伝えます。 イタリア国内で登録された19か所の考古学エリアはロンバルディア州、ヴェネト州、ピエモンテ州、フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州、トレンティーノ・アルト・アディジェ州の5つの州に点在しています。 今回登録された国の中でも、イタリアが一番古く、ヴァレーゼ湖畔の杭上家屋は新石器時代の紀元前5000年前に遡ります。その後盛んになったのは青銅器時代の紀元前2200~1400年の頃で、ガルダ湖畔では30以上の集落が集中していました。 またトレンティーノ地方やピエモンテ州の小さな湖、ポー河流域平野やフリウリ地方の山の麓でも杭上家屋跡が発見されています。

 

ピエモンテとロンバルディアのサクリ・モンティ

登録年:2003

所在地:ヴァラッロ・セジア(ピエモンテ州 ミラノの北西100km)、クレア(ピエモンテ州 アレッサンドリアの西40km)、オルタ・サン・ジュリオ(ピエモンテ州 ストレーザの南西28km)、ヴァレーゼ(ロンバルディア州 ミラノの北56km)、オローパ(ピエモンテ州 ビエラの北西13km)、オッスッチョ(ロンバルディア州 コモの北26km)、ギッファ (ピエモンテ州 ストレーザの北22km)、ドモドッソラ(ピエモンテ州 ストレーザの北西32km)、ヴァルペルガ(ピエモンテ州 トリノの北38km)

「サクリ・モンティ」とは「サクロ・モンテ」の複数形で、「聖なる山」を意味します。16世紀後半から17世紀にかけてキリスト教信者の巡礼のため山に数多くの礼拝堂や聖堂が建てられました。登録された北イタリア9箇所のサクロ・モンテはどれも参拝地として神聖な雰囲気をもっているだけでなく、丘、森、湖といった自然環境と建築物群が美しく調和し、建物内部の宗教壁画・木彫・塑像の芸術性も大変高く、建築・芸術と自然を見事に融合させた成功例です。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/1068 

参考サイト : www.sacrimonti.net

 

サヴォイア王家の王宮群

登録年:2003

所在地:トリノとその周辺(ピエモンテ州) ミラノの西南約140km。

16世紀末トリノをサヴォイア公国の都としたエマヌエレ・フィリベルト公の命で、都市計画に基づき華麗な建物群が建設されました。当時の著名建築家・芸術家達がてがけた宮殿・城・居城の数々は、その後イタリア王ともなったサヴォイア家の栄華と権勢を世に知らしめました。当時の王宮の多くは現在博物館や公的機関が入っていますが、トリノ中心部の王宮や郊外のストゥピニージ狩猟宮殿等では豪華な調度品や内部装飾を見学できます。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/823 

参考サイト: www.turismotorino.org/

 

 

ヴァル・カモニカの岩絵群

登録年:1979

所在地:カモニカ渓谷一帯(ロンバルディア州) ブレシャの北約80km(カポ・ディ・ポンテ)

先史時代の約8000年間に岩石に刻まれた貴重な「線刻画」が、この渓谷一帯に数多く残っています。岩に刻まれた14万以上の絵柄は農耕、航海、戦い、魔術などをテーマに描かれています。これらの岩絵はナクアネ岩壁彫刻国立公園(カポ・ディ・ポンテ)内や、ナドロ、ルイーネ等のカモニカ渓谷の何箇所かで見ることができます。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/94 

参考サイト :www.invallecamonica.it/ 

 

 

クレスピ・ダッダ

登録年:1995

所在地:カプリアーテ・サン・ジェルヴァシオ(ロンバルディア州) ベルガモの南西15km。

「クレスピ・ダッダ」は産業革命期19-20世紀初頭に啓蒙的企業家クレスピが、自分の工場労働者とその家族のためにアッダ川のほとりの所有地内に造った「企業村」。紡績工場と道をへだてて労働者用の家、学校、病院、教会等を建て、当時の労働者にとっては理想郷ともいえる画期的な環境を整えました。今も工場跡や建物がそのまま村に残っています。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/730 

参考サイト:www.villaggiocrespi.it/ENG.htm 

 

レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院

登録年:1980

所在地:ミラノ市内(ロンバルディア州)

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に隣接するドメニコ会修道院の食堂に巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年から1497年にかけて描いたフレスコ画「最後の晩餐」は、芸術史に新しい時代を開いた重要な作品です。キリストが12人の弟子の中に自分を裏切るものがいることを告げた直後の場面が、劇的に描かれています。ゴシック的ファサードをもつ教会は15世紀に増築され、建築家ブラマンテにより美しいルネッサンス的空間も加えられた見事な複合建築です。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/93 

 

 

マントヴァとサッビオネータ

登録年:2008

所在地:マントヴァ(ロンバルディア州)ミラノの東南 158km、サッビオネータ(ロンバルディア州)マントヴァの西南 30km

マントヴァとサッビオネータの町は、時の支配者ゴンザガ家の強い指導力と影響の元、ルネッサンス的都市計画、そして建築美を具象化した秀逸なる実例。マントヴァの町の歴史は古代ローマ時代に遡り、11世紀の「ロトンダ」やバロック期の「学術劇場」をはじめ様々な時代の発展の跡が残っていますが、ルネッサンス期に当時マントヴァを支配していたゴンザガ家により、既存の建物に改装が加えられ、町は拡張されて華麗なる都市発展を重ねました。一方サッビオネータは、ゴンザガ家の王子ヴェスパシアーノ・ゴンザガ公が16世紀後半に当時の都市計画原理にそって立案し建設した「理想の町」で、星型の城砦の中には碁盤の目に整備された完璧な町が造られました。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/1287  

 

レーティッシュ鉄道アルブラ線/ベルニナ線と周辺の景観

(イタリア・スイス共同登録)

登録年:2008

所在地:ティラーノ (ロンバルディア州) ミラノの北東164km

イタリアのティラーノと、スイスのサン・モリッツを結ぶレーティッシュ鉄道ベルニナ線、そして同鉄道アルブラ線は、数々の橋やトンネル、名峰や氷河など絶景を楽しめる歴史と伝統あるスイス人の人気山岳鉄道路線。始発・終着駅となるのはイタリア側のティラーノの町。美しいルネッサンス様式のマドンナ聖堂などの真近を列車は路面鉄道となって走り抜けていきます。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/1276 

 

サン・ジョルジョ山

登録年:2010 年(2003年スイス登録の認定範囲拡張)

所在地:サン・ジョルジョ山麓(ロンバルディア州、ヴァレーゼ県)

サン・ジョルジョ山Monte San Giorgioは、ルガーノ湖の南側スイス・ティチーノ州にそびえるピラミッドのような形をした森林の山で、海抜1096メートル。ここから太古に遡る三畳紀(2億4500万年から2億3000年万年前)の、他に例を見ない貴重な魚類化石が発掘されており、スイス側は2003年に世界遺産リストに登録されています。そして今年2010年8月、認定地域は化石発掘地域全域に、つまりイタリア側にも拡張されました。

ユネスコサイト:  http://whc.unesco.org/en/list/1090 

 

ドロミーティ

登録年:2009

所在地:①ペルモ、クローダ・ダ・ラーゴ、(ヴェネト州ベッルーノ県)

②マルモラーダ山(トレンティーノ・アルト・アディジェ州トレント県及びヴェネト州ベッルーノ県)

③サン・マルティーノ、サン・ルカーノ連山、ドロミーティ・ベッルネージ、フェルトレ連山(同上)

④ドロミーティ・フリウラーネ及びドルトレ・ピアーヴェ(フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州ウーディネ県及びヴェネト州ベッルーノ県)

⑤北ドロミーティ(トレンティーノ・アルト・アディジェ州トレント県及びヴェネト州ベッルーノ県)

⑥プエツ・オードレ(トレンティーノ・アルト・アディジェ州ボルツァーノ県)

⑦シリアル、カティナッチョ(同上)  ⑧リオ・デッレ・フォリエ(同上)

⑨ドロミーティ・ディ・ブレンタ (トレンティーノ・アルト・アディジェ州トレント県)、

玄関口となる町は、コルティーナ・ダンペッツォ(ヴェネト州 ヴェネツィアの北177km)、ボルツァーノ(トレンティーノ・アルト・アディジェ州 ヴェローナの北154km)他

「ドロミーティ」は日本では長年「ドロミテ」とも呼ばれて親しまれている北イタリアの山群。氷河のある最高峰のマルモラーダ山Marmolada(標高3,342m)をはじめ、3,000mを超える山が18峰あり、尖塔のようにつきでた尖峰や岩壁、氷河やカルスト系の地盤など9つの指定エリアは変化に富んだその見事な景観で世界的に有名。絶景を楽しみながらのハイキング、スキーが楽しめます。また激しい地殻変動の特徴がみられるエリアは地形学的、地質学的にも重要です。

ユネスコサイト:   http://whc.unesco.org/en/list/1237 

 

 

ヴェネツィアとその潟

登録年:1987

所在地:ヴェネツィア(ヴェネト州)

ヴェネツィアは5世紀にアドリア海の干潟(ラグーナ)に築かれ、118もの小島から成っています。10世紀には強力な海運共和国として貿易で栄えました。共和国の要でもあるドゥカーレ宮殿やサン・マルコ大聖堂、大運河沿いに連なる貴族の館はもとより、小さな建物に至るまでヴェネツィア全体が建築的な大傑作ともいうべき美しさです。またティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ティントレットなど世界的に有名な画家達の作品が建物内部をさらに華やかに飾っています。 車は町の入口までしか入れず、街中の移動手段は船か徒歩だけで、迷路のような小道や運河が情緒をいっそうかもしだしています。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/394 

 

 

 

ヴェローナ市

登録年:2000

所在地:ヴェローナ (ヴェネト州) ヴェネツィアの西114km

歴史的都市ヴェローナは紀元前1世紀に誕生し、13~4世紀にはスカラ家統治下、15~18世紀にはヴェネツィア共和国の一部として栄えました。古代ローマ時代の円形闘技場アレーナや、中世の城カステル・ヴェッキオ、ルネッサンス期の建築物等を多く今に残しています。ロミオとジュリエットの舞台ともなっている美しい街はまた、芸術をとりいれながら2000年に渡りたゆまず発展し続けた要塞都市の好例でもあります。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/797 

 

 

 

ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオ様式の邸宅群

登録年:1994、1996

所在地:ヴィチェンツァ(ヴェネト州)ヴェネツィアの西北68km及びヴェネト州内の数箇所

ヴィチェンツァは15~18世紀にヴェネツィア共和国統治下で繁栄。16世紀には建築家アンドレア・パッラーディオが活躍、古典的ローマ様式をとりいれた壮麗な建築物で街に独自の景観をもたらしました。ヴィチェンツァ市内に残るバジリカやオリンピコ劇場等23の建物の他、ヴェネト州内の各地に「ラ・ロトンダ」をはじめとするパッラーディオの建てた優雅なヴィッラ(邸宅)が点在しています。彼の作品に影響を受けた「パラディアン様式」の建築スタイルは英国、欧州各国や北米にまで広まりました。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/712 

 

 

パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ)

登録年:1997

所在地:パドヴァ(ヴェネト州) ヴェネツィアの西42km。

世界最古の植物園で1545年に造られました。当時の配置を守りつつ、入口や欄干等の装飾や実用的施設も後世に加えられました。当初の目的通り、学術的研究所として今も存在し続け、植物、医学、薬学、環境学などの近代学問の発展にも寄与しています。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/824 

 

 

 

アクイレイアの遺跡地域と総主教聖堂バジリカ

登録年:1998

所在地:アクイレイア (フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州) トリエステの西45km。

アクイレイアはローマ帝政初期には大司教座も置かれ、ローマ帝国第四の豊かな商業都市でしたが、5世紀にフン族のアッティラにより都市は破壊されました。遺跡の多くは未発掘のまま地下に眠っている。総主教聖堂バジリカの床下から発見された床一面を覆う4世紀のモザイクは壮観そのもので、アクイレイアが東方・中央ヨーロッパへの中継地として、キリスト教伝導という宗教的にも重要な役割を担っていたことがわかります。

ユネスコサイト: http://whc.unesco.org/en/list/825

 

 

ジェノヴァ:"レ・ストラーデ・ヌオーヴェ"と"パラッツィ・デイ・ロッリ"

登録年:2006

所在地:ジェノヴァ(リグーリア州 ミラノの南150km)

16世紀に総督ドリアのもと、スペインと同盟を結び、欧州カトリック世界のメイン銀行となって金融業で繁栄したジェノヴァ共和国。世界から訪れる来賓用迎賓館の必要性から、16世紀後半から17世紀初頭にかけて、富裕貴族層が住む豪華な館・大邸宅を厳選し、"ロッリ"とよばれるリストに登録させて、それらを国家の来賓の宿泊先として法で制定していました。「パラッツィ・デイ・ロッリ(ロッリの館)」と呼ばれたこれらの大邸宅群は建築的にも価値あるものが多く、それらの建物のため次々に新道(ストラーデ・ヌオーヴェ)が造られ、それらの通り沿いは美しいルネッサンスやバロック様式の館が建つ有力諸貴族の豪奢な大邸宅地となりました。中でも、1551年から整備の始まった最初の新道は、現在はガリバルディ通りと名を変え、16世紀に共和国の政治を掌握した有力貴族が建てた豪勢な大邸宅・館の数々が、現在は美術館や市庁舎、銀行・店舗などとして当時の栄華を今に伝えています。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/1211 

 

 

ポルトヴェーネレ、チンクエテッレと小島群

登録年:1997

所在地:ポルトヴェーネレ(ジェノヴァの南東約114km、ラ・スペツィアの南15km)、パルマリア島、ティーノ島、ティネット島、モンテロッソ(ジェノヴァの南東93km、ラ・スペツィアの北30km)、ヴェルナッツァ、コルニリア、マナローラ、リオ・マッジョーレ、(リグーリア州)

チンクエテッレとは「5つの土地」の意で、モンテロッソからリオ・マッジョーレまでの5つの村々の総称。 ここからポルトヴェーネレまでの海岸は現在では国立公園となっていますが、切り立った崖という自然条件を克服して1000年に渡り息づいてきた村落の営みと、周囲の自然景観とが筆舌に尽くしがたい美しさをみせています。小さな入り江、カラフルな家々、崖沿いの道、海を臨む教会など、絵に描いたような景色が楽しめます。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/826  

 

ラヴェンナの初期キリスト教建築物群

登録年:1996

所在地:ラヴェンナ(エミリア・ロマーニャ州)  ボローニャの東74km

アドリア海に面したラヴェンナは、5世紀には西ローマ帝国の首都、その後8世紀まではビザンティン帝国西領域の首都となり、初期キリスト教モザイク画の傑作の数々が1500年経った今も色鮮やかに残っています。サン・ヴィターレ教会、ガラ・プラチディア廟等8つの建物は、5~6世紀建造で素朴な外観ながら、内部を飾るモザイク画は色のシンフォニーともいえる鮮やかさ。ギリシャ.ローマ様式とキリスト教的図像、東方と西洋風が見事に融合し、芸術的技術の高さもみてとれます。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/788 

 

 

フェッラーラ:ルネッサンス期の市街とポー川デルタ地帯

登録年:1995、1999

所在地:フェッラーラ(エミリア・ロマーニャ州)ボローニャの北東51km。

ポー河流域の浅瀬近くに位置するフェッラーラは、14~16世紀にエステ家統治下時代に、ルネッサンス文化の中心地となった知的で芸術的な街。当時の巨匠ピエロ・デッラ・フランチェスカやマンテーニャ等がエステ家の屋敷を絵で飾りました。1492年から「理想都市」をめざして街が拡張され、新しい街づくりが進められましたが、今もその都市設計に基づいた美しい街並が残っています。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/733 

参考サイト: www.ferrarainfo.com 

 

 

モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカとグランデ広場

登録年:1997

所在地:モデナ(エミリア・ロマーニャ州) ボローニャの北西40km。

建築家ランフランコと彫刻家ヴィリジェルモ、この二人の偉大な芸術家のコラボレーションにより完成したモデナの大聖堂は、12世紀初期ロマネスク時代を代表する傑作です。大聖堂付属のすらりとした美しい鐘楼トッレ・チヴィカは市民から親しみをこめて当時よりギルランディーナ(=小さな花)と呼ばれています。この大聖堂と塔のあるグランデ広場は、建築的芸術性が高いばかりでなく、中世のキリスト教都市における信者と一般市民の共同体的営みの中心地としての役割を担っていました。

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/827 

参考サイト: http://turismo.comune.modena.it/it 

 

 

ピエモンテの葡萄畑の景観:ランゲ・ロエロ・モンフェッラート

登録年:2014

所在地:ピエモンテ州

バローロ村のあるランガ地区、グリンザーネ・カヴール城、バルバレスコ村の丘陵地、ニッツァ・モンフェッラートとバルベーラ、カネッリ村と アスティ・スプマンテ、インフェルノットのモンフェッラート

ユネスコサイト:http://whc.unesco.org/en/list/1390

この登録には、すばらしい景観が広がるワイン産地5地区と、葡萄栽培の発展においても、またイタリア史でも重要な場所であるグリンザーネ・カヴール城が含まれました。

エリア全体は、北はポー河、南はリグリア・アルプスの中間地域であるピエモンテ州の南部に位置し、何世紀にも渡りこの地域を特徴付けてきた葡萄栽培とワインづくりに関する、技術的、経済的プロセス全般が包括されています。
ピエモンテがエトルリア人とケルト人の交流・交易地だった紀元前5 世紀頃に遡る、ぶどうの木の花粉がこのエリアで発見されています。今もこの地域の方言には、特にワイン関係の単語に、エトルリア語やケルト語が残っています。古代ローマ帝国時代には、学者で軍人の大プリニウスが、ピエモンテ地域は古代のイタリア半島で最も葡萄栽培に適した地のひとつであると述べており、地理学者で歴史家のストラボンもこの地域の樽について述べていました。

参考サイト:
ピエモンテの葡萄畑の景観:ランゲ・ロエロ・モンフェッラート協会 www.paesaggivitivinicoli.it/
ランゲ・ロエロ観光局サイト www.langheroero.it
ランゲ・ロエロ・モンフェッラート観光業者組合 www.turismodoc.it

 

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世界遺産は、1972年のユネスコ(国際連合教育科学文化機関)総会により採択された、世界遺産条約に基づき、文化遺産及び自然遺産としての観点から、重要な普遍的価値を持つものを指し、それらを維持し保存する目的で設けられたものです。

世界遺産には文化遺産及び自然遺産を含め、現在1031カ所が登録されており、世界の163カ国の、802カ所の文化遺産、197カ所の自然遺産、複合遺産32カ所が認定されています。

そしてイタリアには実に51カ所の世界遺産があり、世界でも最も多くの世界遺産を有する国です(2015年11月現在)。

イタリアを北部・中部・南部に分けて、各地域の世界遺産をご紹介します。

 

イタリア北部のユネスコ世界遺産

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イタリア中部のユネスコ世界遺産

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イタリア南部のユネスコ世界遺産

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